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そうだった [ちゃんぷる]

先日、こたつを出した。

冬、散歩に行こうとすると、服を着るのが嫌いなちゃんぷるはこたつの中に逃げる。
こっちをめくればあっちの隅へ、あっちをめくればそっちの隅へ、実に上手に逃げる。

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仕方がないから俺がキッチンの隅に息を殺して隠れたりして、様子をうかがいに出てきたとこをつかまえる。
服さえ着てしまえば、張り切って玄関に走っていくんだけど……。

くるみは服が好きだから着せるのに苦労しないんだけどねぇ。
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散歩 [ちゃんぷる]

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くるみは落ち葉をバリバリ踏む音が楽しいみたい。

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桜!?

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気分はライオンキング。

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おんなじ格好。

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おすまし。

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あくび。

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もうクリスマス気分。

去年の7月10日、くるみがウチに来てやっと1ヶ月が経つっていう頃、「きょうほ」というタイトルでこんなブログを書いた。

“今はまだ「競い歩く」かもしれないけれど、いつか「共に歩く」に変わる日を想う。
 その日に向かって「今日を歩く」。”

さて、今はどうでしょう。

「共歩」の時もあるけど、「競歩」の時もあるなぁ。基本的にくるみはちゃんぷるの後をくっついて歩くんだけど、時々ふたりとも散り散りのまさに「散歩」の時もあるなぁ。
それでも「今日歩」であることだけはずっと変わらない。

去年の9月だったかなぁ、通ってたドリアンさんの講座で出された宿題でこんな詩を書いた。

「ありきたりの午後」

夏の終わり
ありきたりの午後
犬たちは昼寝

夏の太陽はいまだ去りがたく
傾いた陽射しでも
ベランダのハイビスカスを活き活きとさせる

しかしその向こうの空では
イワシ雲が入道雲を押しのけ
張りつめていた送電線が安堵している

季節は刻々と移ろい
空の上で始まっている秋
蝉時雨もどこか寂しげ

僕は本棚から一冊の詩集を取り
「永遠」のページを探す
フローリングの床の上で犬が寝返りを打つ

ここから先の未来を僕らはまだ知らない
このありきたりの午後でさえ
初めて訪れる初めての時

夕暮れが近い
風が吹いたら
散歩に出よう

昨日も歩いたいつもの道を
昨日も歩いたいつもの
未知を

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bc [Music]

BEAT CHILD 観に行ってきた。
今月(というかいつもだけど)金なくて諦めようかと思っていたんだけど、80年代後半にロックな青春を過ごした僕はやっぱこの映画は観ておくべきと思って、最終日最後の上映に行ってきた。DVD化も配信もなし、映画のみって話だったしね。く~、通常の映画よりチケット高いんだよなぁ。まぁ、チャリティも兼ねての値段だからいいか。

87年のロックフェス。俺は16歳の時か。このイベント観に行ってないけど、当時、雑誌とかで見たことは覚えてる。ちゅーか映画観て帰って来てから本棚探したら、ちょこっと記事が載ってる雑誌、今でもあった。すげ~、俺が高校生の時の雑誌。

出演はデビューしてまだ1年くらいのブルーハーツにレッズ、解散前のボウイ、どうでもいいけどラグビー部の先輩がコピーバンドやってた白井貴子、中学生の頃から聴いてたスライダーズ、ほんとにどうでもいいハウンドドッグ、街のドラッグにいかれてぶくぶく太り始めた尾崎、それに佐野さん。他にも渡辺美里とか岡村靖幸とか。エコーズは出てなかったか、辻仁成だけ佐野さんとこにゲスト出演。
尾崎、ダサかったなぁ、私服が。ぷっ、ケミカルウォッシュのジーンズに変なブーツ。ってそういう時代だったか。スライダーズはリハからカッコよかった。ユカイ、ロックスターだったねぇ。

すげ~雨だね。泥どろ泥沼。田んぼ状態じゃんか。日本のウッドストックなんて言われてるのもうなづける。
真夜中にあんな雨と風の中、まともな音も出ない状況で、ロックをする必要もそれを観る必要も、ないよね~。今なら。

けど、あの時代にはあったんだよ。

♪鉄を食え 飢えた狼よ 死んでもブタには食いつくな
尾崎の「BOW」、それほど好きな曲でもなかったんだけど、響いたな。
あの頃、ロックが、くだらねぇ大人社会と闘うための武器だと知っていた、かつての少年少女には分かるだろ。
まぁ、結局、この後バンドブームなんかになって大人社会に食いつぶされちまったけどな。

ほんとに胸が熱くなるようなシーンがけっこうあったんだけど、変なナレーションいらなかった。曲にかぶせてなんかしゃべってるし。字幕にしてくれ。俺には聞き取れねぇっちゅーの。映像だけで十分。オッサンの懐古主義的な言葉はいらない。
エンディングには、なんかノスタルジーを誘うような言葉に、ロックから離れてしまったあの頃の少年少女に向けてと思われるメッセージとか、ウザイったらありゃしない。「あの夜はどこにあるのか、音楽はどこにあるのか」とか、笑いそうになった。
俺はLIVE AIDの中継を徹夜して観た85年以来、今でもロックンロールが世界を変えると思ってますから。
何もかもあの日のまま、風になりますから。

そんな感じで、ナレーションはウザイが、俺と同世代、ちょっと上の世代の人は必見の映画でした。けど、もうほんとに観れないのか?結局DVD発売すんじゃねぇの?もう……大人だから……。

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ところでこのマーク。bcって書いてありますね~。映画の中でも送り火でこの人型とbcって文字出てた。
BC5AM、どんな意味?とか、よく聞かれるんだけど、意味ないからなぁ。記号みたいなもんだから。
詳しくいきさつを話せば、まぁ、なくはないんだけど。
これからは「ビートチャイルド午前5時」ってことでいいか。

あ、ついでにひとつ。BC、実はこっそり改名してるんだよね~。知ってた?
昔はBC 5AM。今はBC5AM。Cと5の間にスペースがあったの。最初はそこんとこちゃんとしてた。で、いつからなくなったんだか、俺もよく分かんないんだけど。たぶん今でも使ってるロゴマークが出来た頃なのかな。よく知らない。知らないうちにスペースなくなってた。
BC出来てもう11年だから。ノブリン入って10年だから。もう昔のことは忘れてしまった。
そのうちBCだけになっちゃうのかなぁ。ちゅーかMCでも「こんばんにゃBCです」としか言わないし。

じゃ、そんな俺たち3人の10周年ライヴまであと1カ月です。

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冬の過ごし方 [ちゃんぷる]

冬が始まる時、毎年、「冬ってどんな風に過ごすんだっけ?」って思う。
夏が始まる時も、同じように思う。
春と秋は、思わない。いつの間にか春だし、気がついたら秋だから。

今日は寒かった。1か月前は真夏日だったのに。
夕方、散歩に行こうと思ったら冷たい風。木枯らし1号だってニュースで言ってた。

寒いのが苦手なくるみに服を着せた。くるみは服が好き。ちゃんぷるはきっとまだ大丈夫なんだけど、ノリで着せた。ちゃんぷるは服が嫌い。

ふたりとも散歩は大好き。外は寒いけど、ドアが開くのを今か今かと待ち構えてます。

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あぁ、そうか、ちゃんくるに服を着せたり、革ジャンの下にセーター着たり、そんなふうにして冬に馴れていくんだったか。そうだ、冬用のクロックス買わなくちゃ。底がツルツルになっちゃってたから、春に捨てたんだった。

散歩から帰ってきて、冬用の掛け布団を出した。昨日までそこらへんの毛布をかき集めて寝てたんだけど、最近さすがにちょっと寒かったから。

そろそろこたつも出さなきゃなぁ。あぁ、冬なんだなぁ。寒いのやだなぁ。
久しぶりにアコギを弾いて、「夜明けのMEW」を歌ってみた。けど、やっぱり、冬なんだなぁ……。

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くるみ、なんでひっくり返ってんの?
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愛なんて [My Life]

僕は、基本、肉食いません。食えないんじゃなくて、食いたくないのです。たぶん、みなさんが人肉を食わないのと同じ理由で。
動物愛護とか慈愛の精神とかではありません。ただのヘタレです。
決してベジタリアンではありません。魚食います。たまご食います。たぶん、みなさんが牛肉を食うのと同じ理由で。
海老は食いません。世の中の人間の食べ物といわれるものの中でもっとも嫌いだからです。
ただの我が儘です。

それでも、たまには肉を食う時もあります。連れは肉食べるので、時々、焼肉屋に行ったりします。僕は野菜焼とかエリンギ焼とか豆腐とかサラダなんかを食います。しかし、連れが頼んだ肉を食いきれない時があります。一人で食わなきゃいけないから仕方ないと思います。
そんな時、僕は、食べ物を残すという行為に自分自身がとてつもない嫌悪感を持ってしまうので、勇気を出して、肉、食います。
この前、ほんの少し高級な焼肉屋へ行きました。連れがちょっとだけ食いきれなかった肉を食いました。昔、焼肉をウマイウマイと食っていた頃の記憶がいまだに残っているので、この店の焼肉ならおいしいんじゃないか、と思って口にしたのだけど、僕には何の味もしませんでした。豚肉も牛肉も同じでした。歯ごたえが違うだけでした。

夏、蚊がとんできます。僕は蚊を叩くことが出来ません。たぶん、みなさんが野良猫を殺さないのと同じ理由で。
無駄に殺してもいい生命の線引きが出来ません。蚊を叩いて「やった」などと言っている人をみると軽く恐怖を感じます。やっぱり、ただのヘタレです。
蚊の多い職場で同僚が蚊を叩こうとしていると、つい「殺さないで!」と言ってしまいます。ウザイでしょうねぇ。
僕は動物が他の生命を奪っていいのは、食べるためと、自分または家族や仲間を危険から守るための二つしかないと思っています。蚊は食べないし、さほど身の危険も感じません。

自分以外の人が肉を食っていても、なんとも思いません。他の生命を食うのは、むしろ当たり前で、ただ僕が食いたくないだけなのです。
僕は生命の話がしたい訳ではありません。生命より大切なものもあるとも思っています。何度も言いますが、動物愛護とか慈愛の精神とかではありません。そういうのキモイです。
ココロの話なのです。
牛や豚や鳥にココロを感じた時から肉を食うのがほんの少し苦痛でした。そして数年前、不幸にも牛が殺される映像を観てしまいました。その時、その牛のココロを強く感じてしまったのです。本当に怖かった。それから食肉をやめました。ほんとに、ただのヘタレです。
幸いなことに魚にはココロを感じたことがありません。だから食うことが出来ます。食うためになら魚を殺すこともきっと出来ます。ほんとに、ただの我が儘です。


昨夜、ネットのニュースですごく考えさせられる記事を見た。そのことを今日1日中、仕事しながら考えてた。
記事の内容を要約すると、カナダで愛犬のジャーマン・シェパードを連れてカヌー・トラッキングに出かけた44歳の男性が、キャンプ中に熊に襲われてカヌーを壊され、食料も奪われてしまい、人里から遠く、食料もない土地をさまようはめになってしまった。やがて体力も失ったその男性は愛犬の肉を食べることを思いついてしまった。熊に襲われた時、激しく吠えて追い払ってくれた命の恩人ともいえるこの愛犬を殺すことが許されるのか、2、3日の間、悩み苦しんだが、「それでも生きて帰りたい」と強く望んだ男性は大きな石で愛犬を殴打した。3カ月後、レスキュー隊に発見された男性は、ひどい脱水状態で体重は40キロも落ちていて、重症患者として現在も治療中。愛犬を食べなかったら、間違いなく死んでいただろう。

俺はたぶん間違いなく愛犬家だと思うが、この男性を否定することも肯定することも出来ない。こんな極限状態になったことはないから。分からない。
思うのはこの人、どんなにココロが痛んだのだろうかということ。そして、俺が思うマトモなココロの持ち主なら、これからどれほどのキズを抱えて生きていくのだろうかということ。

生と死の究極の選択。今、平穏無事な暮らしの中では、俺だったらこんなこと出来ないな、愛犬と一緒に死を選ぶだろうな、などと考えてしまうけど、実際、こんな状況になったら、どうなのか。俺はちゃんぷるとくるみと共に死を選ぶことが出来るのだろうか。

幸運なことに、俺はこんな極限状態の飢えを体験したことがない。金がなくて、メシ食えなくて、腹が減って死ぬ~、とかその程度のことはそりゃあ何度もあったけど。そんな飢えは紙袋持ってコンビニのパンコーナーに行って解決してしまった(真似しちゃダメ!)。
その程度の飢えしか経験してない俺はやっぱりこの男性を非難したりすることは到底出来そうもない。

極限状態に置かれた人間というのは、こんなことまで出来てしまうものなのか。
辺見庸の「もの食う人びと」という本には、人肉を食べた日本兵の話も出てくることを思い出した。

じゃあ、一緒に遭難したのが愛する犬ではなく、愛する人だったら、どうなのだろう。
もし、愛する人を殺し、その肉を食べ、生き延びたのだとしたら。
全世界がそいつを非難するのだろうな。犬か人かの違いだけで、そこにあるココロは何ひとつ変らないのに。俺も含めて、人間とはなんて勝手なのだろう。

そんなようなことを、いろいろ考えた。

ひとつだけ言えることは、このジャーマン・シェパードも飢えていたに違いない。しかし、彼(彼女?)は飼い主を食わなかった。その気になれば、間違いなく殺して食うことが出来たはずなのに。それだけの脳力を持っていたはずなのに。
彼(彼女)はそれをしなかった。愛する人を殺さなかった。
犬の愛に比べたら、人間の愛なんて、この程度のものなのかもしれない。
悲しいことに俺もそんな人間の仲間だということ。

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