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8.15 Naked Loft [Acoustic]

8月15日、Naked Loft「NO PEACE NO LIFE」来てくれたみなさんどうもありがとう。

昼前に起床。ちゃんぷると熱い太陽が照りつける中をちょっとだけ散歩。青空を見上げ、ほんの少し平和を感じる。それはきっとちゃんぷるのおかげかな。

2時半に家を出て4時前に会場入り。すぐにカラスのリハ。少しあいて俺のソロのリハ。この頃には会場にたくさんの写真が貼られていて、少し異様な空気。と思っていたのは俺だけか?

Image178.jpg
これはステージ。

リハが終わってから、壁に貼られた残酷な写真を1枚1枚見ていたら、だんだん頭が痛くなってきて、涙が溢れてきてしまった。で、人に見られると恥ずかしいから、軽く食事をしに行った。

戻ってきて、客席に座っていたんだけど、また涙が出そう。もう、しょうがないからさ、楽屋に行ってちょっと早めだけどメイクしてた。

そこにこのイベントの主催者の渡辺伸一さんが来たんで、少し話をした。壁に貼られている写真のこと。戦争を伝えていくということ。平和のこと。
伸さんは言っていた。「空爆っていうのは痛みがない。爆弾落として終わり。その下にいる人の痛みがわからない。今はもっと簡単になってボタン押してミサイル飛ばして終わり。だから俺は残酷すぎるかもしれないけど、あの写真を見せなきゃと思った」って。

去年、14日、俺はこのイベントを観に行った。同じように会場に写真が貼られていた。ビデオも流されていた。主催者の意思をはっきりと感じられた。平和とか終戦記念日とかそんな名目だけのイベントじゃないと思った。俺もいつか出演したいなぁ、なんて思ってた。

ぶっちゃけ言っちゃうと、伸さんに出演オファーもらうより先にNapの方から出演依頼があった。もちろん終戦記念日=PEACE LIVEってことなんだけど、断った。Napはチャリティーでその日の売上を日本赤十字社に寄付する所は全面的に賛同するけど、はっきり言ってしまうと平和の名をかぶせてあるだけで、出演者にどれだけの意思があるのか、去年の13日(終戦イベント3Days初日)に出演した時にまったく分からなかった。だから「平和、平和というけれど、そんなもん、平和がいいってことぐらい誰だって分かってんだよ」みたいなMCを言っちゃったんだと思う。終戦記念日に平和イベントやるなら、中途半端なことはやりたくない。

そんなこんなでNapを蹴ってからだいぶたって伸さんからメールが届いた。「よかったら歌いに来ない?」って。メチャクチャ嬉しかった。けど、緊張した。ハンパはできねぇなって。

俺、ライヴの時ぜんぜん緊張とかしなくて、自分でもテンションあげるのに苦労するぐらい緊張しないんだけど、今回は久しぶりに緊張したね。
もう出演決まってから、選曲にしても、MCにしても、どうしようかって相当考えてたんだけど。まぁ、曲は軽い内容の歌はこの際いっさいなしにして、ラヴソングと命についての歌のみにしようと思った。MCは当日もずっと考えてたんだけど、結局答えは出せなかった。で、選んだ曲がこれ。

set list
①UNCHAINED MELODY
②La Vida Bonita
③麻のスカート
④風になる時
⑤このすばらしきせかい

もし俺が客席にいたら、ほんとうっとおしい選曲なんだけどさ、この5曲にしてよかったと思ってる。MCももう思いつくままにしゃべちゃったけど、何か伝わったかなぁと思う。
戦争と平和、愛と平和、このことについて考えるたびに、必ずぶち当たる矛盾は矛盾のまま、全部だせたかなぁ。
俺はまぁ、満足だけど。うたとかギターとかはずしてるのも全て。
そんな感じ。

今回は、もう日ごろから対バンしたいなぁと思ってる人たちばかりだったからさ。伸さん、サリー、そしてまぁ俺もメンバーなんだけどカラス。
いい1日だったな。いい1日っていうか、意味のある1日だったと思うよ。俺自身受け取るものが多かった。お客さんにも何かが伝わってればいいな。



そんな訳で、次の休みの日には友達の墓参りに行こう。命日が14日で必ずその前後には行ってるんだけど、今年はまだ行けてないから。
それから靖国神社にも行かなきゃな。15日は、ばあちゃんの誕生日だったからさ、じいちゃんに報告してやらなきゃ。「あなたが守った人は94歳になりました」って。

俺はちゃんと参拝するよ。バリバリ公式参拝。

80年代、俺たちはスリムのジーンズにシャツをインしてさ、彼女に作ってもらったフェルトの生地で出来た巾着袋を肩にぶら下げて闊歩してたじゃない。今、考えたら大変な間違いを犯しているんだけどさ、その当時はそれがナウなヤングのイカしたファッションだと信じてた。そういう時代だった。

40年代、男子は家族のため、日本のために戦場で命をを落とすのが美徳とされていた。今、考えたらそれは絶対に間違っていると思う。だけど、その時代の若者のほとんどが、それを信じていたんじゃないかなと思うんだ。俺たちがスリムのジーンズを信じてたみたいに。

よく、本当は戦場になんて行きたくなかったはずだとか、志願もほぼ強制されたようなものだとか、そういう意見もあるけど、確かにみんな死にたくなんてなかったはず。だけど、戦死した人たちは自分の意思ではなく他人に強制されて死んだって事になってしまうと、彼らの死がひどく軽く扱われているような気がしてしまう。
知覧で見てきた特攻兵の遺書には、多くの人が、家族を守りたい、故郷を守りたい、日本を守りたい、というようなことを書いていた。それが嘘だというのか。彼らが最後に残した想いを否定するのか。それじゃ、あまりにも淋しくはないかい?

「靖国神社で待ってます」これもたくさんの人が書き残している言葉だ。靖国神社は軍国主義の象徴だとかいう奴もいるけど、俺はそんなことは知ったことじゃないんだ。正しいとか間違ってるとか、そんなことじゃなくて、家族の未来、日本の未来のためになると信じて死んでいった人たちの“想い”を尊重したいだけだ。

だから俺はバリバリ公式参拝するぜ!

みんな、ほんの少しだけ、64年前の事を考えてみよう。参拝なんてしなくてもさ、靖国にある遊就館っていう資料館とかは行ってみる価値あると思うけどね。あとは自分で決めたらいいじゃん。i-podでお気に入りのロックンロールを聴きながらでいいんだよ。そこで何かを感じたらそれが君の答えだよ。
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